中小企業の新規事業は人材不足が壁?人材シェア・融通の仕組みを紹介
多角化・新規事業
こんにちは。ヤマチユナイテッドの石崎です。
「新規事業をやりたい気持ちはあるが、人員が足りない」
「採用はすぐにはできないし、今のメンバーも手一杯だから新規事業はしばらく無理か...」
このような悩みを抱える中小企業の経営者の方が多いのではないでしょうか。
採用難が深刻化している現在、「採用できれば解決するのに」という発想のままでは、新規事業はいつまでも動き出しません。
そこで今回は、中小企業が新規事業に人材を回せない要因や、人材不足を「採用」で補うのではなく、今いる人材をより戦略的に動かすための仕組み「人材シェア・融通」という考え方をご紹介します。
「人がいないから新規事業の立ち上げができない」という言い訳を手放し、新規事業成功のための実践的なヒントになれば幸いです。
目次
- 中小企業の新規事業立ち上げで人材不足が最大の壁になる理由
- 中小企業が新規事業に人材を回せない3つの要因
- 新規事業成功のための人材シェア・融通の仕組みとは?
- 中小企業の人材不足は人材シェアで柔軟に融通を!新規事業を成功させるための人材活用の仕組みを整えよう
中小企業の新規事業立ち上げで人材不足が最大の壁になる理由
なぜ、人材不足が新規事業の最大の障壁となるのでしょうか。
それは、「採用ができない」「既存人材を動かせない」「社長一人では限界がある」という複合的な課題が、中小企業を縛りつけているからです。
深刻化する採用難──「人がいない」は今後も続く
現在の採用市場は、中小企業にとって極めて厳しい状況です。
帝国データバンクの調査では、2025年1月時点で正社員の人手不足を感じている企業は53.4%。
コロナ禍以降、最も深刻な水準に達しています。
新卒採用では、インターンからの囲い込みが一般化し、大手企業が高待遇で学生を奪い合う時代になりました。
そのため、中小企業が優秀な新卒人材を獲得することは一段と難しくなっています。
中途採用市場でも売り手市場の中で、優秀な人材は転職市場に出る前に声がかかり、引き止められるか引き抜かれていきます。
厳しい言い方ですが、転職市場(中途採用市場)に出てくる人材は、すでに優秀な人材がスカウトされたあとの「残り」であることが多いのが実情です。
さらに、中小企業の多くは収益性の面で余裕がなく、余剰人員を抱える余裕がありません。
「この人が辞めたら困るから、あらかじめ人員を確保しておこう」という対策は取れず、現場は常にギリギリの人員で現場を回しています。
その結果、退職者が出ても補充採用すらままならず、欠員のまま業務を回さざるを得ないケースも少なくありません。
中小企業が採用に苦戦する理由や対策については、以下のコラムでも詳しく解説しています。
中小企業が採用で苦戦する理由は?採用力を高める多角化戦略で差別化を!
「人材を動かせない」──既存人材が固定化する現実
たとえ採用ができたとしても、「新規事業の責任者は既存社員の中から任せたい」と考える経営者のほうが多いでしょう。
しかし、既存事業もギリギリの人員で回しているため、人を動かす余裕がありません
「新規事業は社内を理解している信頼できる人に任せたい」と思っても、そのような「信頼できる社員」ほど既存業務の中心にいて動かせない。
このジレンマこそ、多くの中小企業が直面する最大の壁です。
結果として、誰も動けず、優秀な人材が現場に縛られたまま。
「新規事業を立ち上げたいけれど始められない」という状態が続いてしまいます。
「社長一人では限界がある」──負荷集中により、諦めの連鎖が始まる
人が動かせなければ、結局は「社長が自ら新規事業も兼務する」状況に陥ります。
しかし、社長が新規事業まで抱え込めば、既存事業の経営に支障が出てしまい、どこかで限界が来るのは明白です。
社長が自ら動くか、それとも新規事業を諦めるか。
この二択を迫られた時点で、新規事業の成功確率は大きく下がってしまいます。
また、「外部から採用すれば良い」という考えもありますが、事業責任者を任せられる人材の採用は一般社員以上に難易度が高く、期待した採用成果につながりにくいです。
だからこそ、「人がいないからできない」ではなく、「どうすれば社内の人材を動かせるか」を考えなければ、成長のチャンスは永久に訪れないのです。
中小企業が新規事業に人材を回せない3つの要因
中小企業が新規事業に人材を回せない理由として、人材不足という大きな課題に加えて、社内の構造的な問題も存在します。
主に次の3つが挙げられます。
【要因①】属人化による業務の固定化
「この人しかできない仕事」が多い会社では、その社員を新規事業に回す余地がありません。
長年の業務の中で仕事が人に紐づいてしまい、「その人が抜けると現場が止まる」というのが「属人化の罠」です。
特に、特定の顧客や売上が特定の人材に依存していると、「その人が抜けたら業績が落ちる」という恐れから人材を動かせなくなります。
さらに、新規事業を成功させるためには、できる人、優秀な人に責任を持ってもらいたいと考えるのが経営者の心理です。
しかし、優秀な人であればあるほど、業務や決裁権、責任が集中する傾向があるため、ますます身動きが取れません。
会社として新規事業を任せたい人ほど動かしにくいという矛盾が生まれます。
結果として、同じ人材に負担が集中し、組織全体が硬直化してしまいます。
加えて、特定の人が抜けることで機能不全に陥るような状態では、新規事業どころか既存事業の成長すら頭打ちになりかねません。
【要因②】部門や法人ごとの縦割り
複数の事業や法人を持つ企業では、「その事業はその責任者に任せる」という体制が多くあります。
権限移譲によって責任と裁量を明確にすることは一見良いように思えますが、行き過ぎると部門間・法人間の協力が生まれにくくなります。
事業責任者に「自部門の利益があなたの責任」と明確に求めると、どうしても視点が自分の事業に限定されがちです。
結果として、「ほかの部署やグループ会社が困っていても関係ない」「自分の部門さえ成果を出せば良い」という意識が強まってしまいます。
また、こうした縦割りの組織では、人材も「その事業専任」として固定されます。
その事業の中で採用し、その事業の中でプロフェッショナルとして育てていくため、ほかの事業へ横断的に応援に入る仕組みがありません。
さらに、部署や法人ごとに給与テーブルや手当が異なる、評価制度が部署ごとに最適化されているといった状況では、部署間・法人間の異動が制度上困難になります。
経営者としては、子会社の社長や事業部長というポストを用意し、「あなたの責任でこの会社を大きくしてください」と全権を委譲することで、社員のモチベーションを高めようとします。
しかし、任せすぎてしまうと、横の連携が全くできなくなるという弊害が生じるのです。
【要因③】挑戦を阻む評価制度や文化
新規事業に人材を出すことは、責任者にとって「自部門の優秀な人材を手放す」ことを意味します。
何年も手塩にかけて育て、やっと一人前になって稼いでいる人材を手放すのは、誰だって嫌なものです。
それでも乗り越えて人材を出すためには、会社全体やグループ全体のためという「全体最適」の意識と、それを反映した評価制度が必要です。
自部門の業績だけで評価される制度であれば、誰も人を出したがりません。
自分のところの業績が落ちることだけが評価に影響し、他部署が成長しても自分の評価にならないのであれば、「そちらの部署で新規採用してくれ」となるのは当然です。
また、そのような制度下での異動は挑戦する本人にとってもリスクがあります。
既存事業で成果を出している人が、新規事業を兼任して失敗した場合に評価が下がるとしたら、誰もチャレンジしようとは思いません。
過去に新規事業で失敗した人が評価を下げられたり、元の部署に戻れず退職したりする事例があると、「やっぱりやめておこう」という空気が蔓延します。
結果として、社長や一部の幹部だけが新規事業を頑張る形になり、失敗すれば「やっぱり無理だった」と諦める風土が定着してしまうのです。
このような状態で必要なのは、人材不足の解消ではなく「人材を活かす制度や仕組み」です。
社員の挑戦を促すには、制度と文化の両面で「挑戦する人が報われる」仕組みをつくることが欠かせません。
新規事業成功のための人材シェア・融通の仕組みとは?
新規事業の人材不足を解決するには、採用よりも先に「今ある人材を動かす仕組み」を整えることが重要です。
社内の人材を柔軟に活用する「人材シェア」の仕組みづくりこそが、中小企業が新規事業を成功させるための鍵となります。
人材融通は「苦肉の策」ではなく、「新規事業を加速させるための戦略」です。
既存社員は会社の状況を理解しており、信頼度も高い。
新規採用と比べて、責任者人材として新規事業を任せやすいという大きなメリットがあります。
ここからは、中小企業が実践できる3つの人材シェア・融通の仕組みをご紹介します。
【仕組み①】兼務・プロジェクト制
最も現実的な方法が、兼務・プロジェクト制の導入です。
新規事業を最初から専任で担当させるのではなく、既存業務と新規事業を兼任する形でスタートします。
具体的には、今の仕事の10~15%程度を新規事業に割く人員を複数用意し、チームを構成します。
例えば、「週1日は新規事業、残りは既存業務」といった形です。
ただし、兼務を実現するには、業務の棚卸しと整理が不可欠です。
単純に新規事業のタスクを追加するだけでは、社員の負担が増える一方で持続できません。
業務を取捨選択し、分担を再配分して余力をつくることが必要です。
特に事業責任者は、兼任で立ち上げるケースがほとんどです。
新規事業は初期段階では事業規模が小さいことが多いため、兼任でスタートするのが合理的といえます。
新規事業が軌道に乗り、利益が生まれた段階で専任スタッフを追加採用したり、責任者を専任化したりする余力が生まれます。
あるいは、責任者は兼任のまま次期リーダーを育成し、経営管理の仕組みを構築して手離していく方法も考えられます。
兼務制度を活用することで、コストを抑えながら新規事業を立ち上げ、成長に応じて体制を拡大していくことが可能になるでしょう。
新規事業を通じた人材育成のポイントについては、以下のコラムでも詳しく解説しています。
新規事業を立ち上げて人材を育てる!人材育成のポイントとは?
【仕組み②】グループ横断の人材シェア
複数の事業部や法人を持つ企業であれば、グループ横断の人材シェアという仕組みも有効です。
これは、事業部間や法人間で人材を一時的に応援として派遣したり、期間を限定して異動させたりする方法です。
例えば、「繁忙期だけ手伝う」「新規事業立ち上げの最初3年間だけ出向する」といった形で、人材の貸し借りを行います。
その際、管理会計を活用し、派遣期間中の人件費を受け入れ側で計上するなど、経費の配分を明確にすることで、人材を貸し出す側・受け入れる側の双方にとって納得感のある仕組みにできます。
また、管理部門や営業支援部門を横断的に配置する「シェアードサービス」という形態も効果的です。
新規事業の立ち上げ期は、総務・経理・人事といった間接部門を個別に配置する必要がありません。
仕事量も少ないため、グループ横断型のチームが複数の事業をサポートする形にすれば、コストを抑えながら必要な支援を提供できます。
マーケティング部門なども同様に、兼任体制で小規模事業をカバーできます。
このような横断的な組織があれば、一人ずつ専任で配置する場合に比べてコストは数分の一に抑えられ、新規事業立ち上げのハードルを大きく下げられます。
【仕組み③】挑戦を評価する仕組みづくり
新規事業への人材配置を実現するには、制度だけでなく、社員が手を挙げやすい・挑戦しやすい文化をつくることが不可欠です。
まず、新規事業に参加する社員の処遇を守ることが大切です。
異動前の待遇を最低限保証し、新規事業立ち上げ期や小規模スタートでインセンティブや決算賞与に差が出る場合でも、不利にならないよう配慮します。
また、「挑戦するプロセス」そのものを前向きに評価する仕組みも必要です。
新規事業に参加したこと自体を評価に反映し、たとえ事業がうまくいかなかったとしても、評価を下げないようにします。
「ナイスチャレンジ。次で取り返そう」という姿勢で接し、失敗を責め立てるようなことは決してしません。
新規事業の撤退が決まった場合でも、その後の仕事や処遇を会社としてしっかりと確保します。
理想は元の部署に戻れることですが、それが難しい場合でも、会社として責任を持って次のポジションを用意する必要があるでしょう。
新規事業の挑戦は個人の独断ではなく、経営判断として行われているものです。
経営陣が挑戦者を守る姿勢を明確に示すことで、「挑戦しても大丈夫」という安心感が生まれます。
こうした制度と文化があってこそ、社員が手を挙げやすくなり、新規事業への人材配置が現実的になります。
新規事業の立ち上げプロセスや成功に導くためのフレームワークについては、以下のコラムも参考にしてください。
新規事業立ち上げのプロセスとは?多角化を成功へ導くステップを解説
新規事業の立ち上げを成功に導く4つのフレームワークとは?発想~実行までの型を作る方法
中小企業の人材不足は人材シェアで柔軟に融通を!新規事業を成功させるための人材活用の仕組みを整えよう
中小企業にとって、人材不足は新規事業立ち上げの最大の壁です。
採用難が続く今、新規人材の確保は容易ではありません。
さらに、属人化や縦割り構造、評価制度の問題が人材配置を難しくしています。
しかし、その突破口は「採用」ではなく、「既存人材の戦略的活用」にあります。
- 兼務・プロジェクト制で既存業務と新規事業を両立
- グループ横断の人材シェアで柔軟に融通
- 挑戦を評価する制度と文化で社員が手を挙げやすい環境をつくる
これら3つの仕組みを整えることで、限られた人材であっても新規事業は動き出せます。
新規事業の成否を決めるのは「人材不足」ではなく、「人材活用の仕組み」です。
「人がいないから新規事業の立ち上げができない」という発想を手放し、今いる人材をどう生かすかという視点で、新しい挑戦を始めましょう。
ヤマチユナイテッドでは、多角化経営を実践し、人材シェアや組織横断の仕組みづくりを支援する「連邦・多角化経営実践塾」を開催しています。
新規事業の立ち上げ、人材育成、評価制度の設計まで、実践的なノウハウを学びたい方はぜひご参加ください。
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Authorこの記事の著者
株式会社ヤマチマネジメント|取締役 |グループ執行役員
石崎 貴秀
1996年入社。営業課から国際課を経て、総務部チームリーダーへ。その後グループ経営推進会議事務局にて経験を積み、2009年(株)ヤマチマネジメントを設立、移籍。グループ管理本部の統括マネージャーとして采配を振るう。2017年(株)ヤマチマネジメント取締役就任。
連邦・多角化経営実践塾」の開塾にも携わり、2014年以降、第1期~現在までシステム経営のメイン講師として活躍。
入塾した企業約70社にシステム経営を指導してきた。現在はシステム経営のコンサルティングも担当。

