多角化の成功の鍵は、飽きっぽい性格にあり!? ビジネスのヒントを探るTOP対談 第1回

多角化・新規事業

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ビジネスのヒントを探るTOP対談。記念すべき第1回のゲストは、伊勢角屋麦酒の鈴木成宗さん。

老舗餅屋の跡取りがビール事業へ進出した経緯をお聞きし、失敗から学ぶことの大切さや多角化に取り組む心得を語り合いました。

 

出会いは1年前、共通の友人が主催するパーティーで

山地:鈴木さんと知り合ったのは、共通の友人が主催したパーティーで。でも、その前から噂はかねがね聞いていたんですよね。

鈴木:ホントですか?

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山地:だって早稲田の大学院で講演したじゃないですか。

鈴木:そうだ、御手洗たまちゃん(御手洗瑞子さん、株式会社気仙沼ニッティング代表取締役)の次が私、その後が山地さんだったんですよね。成毛さんから「前後がすげえから頑張れよ」と言われて。

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山地:高校時代からの友人の成毛眞が、早稲田のビジネススクールの客員教授をしていて、MBAクラスのゲスト講師で呼ばれたんだよ。

鈴木:私も聞いていましたよ。こういう面白いヤツがいるんだよって(両手を挙げるポーズ)。

山地:以前、成毛くんから「山地、クラフトビール事業やんない?」と言われたことがあった。彼のオフィスに行ったとき、「飲んでみろよ」と伊勢角屋麦酒を出されて、何本か飲んでみたら、すごく旨いんだよ。「今度社長に合わせるから」と言われて楽しみにしていたんです。

鈴木:そうしたら表参道のパーティーでお会いできた。それが去年でしたね。

山地:さっそく連絡して、うちの幹部を連れて伊勢の本店を訪ねたんです。

400年以上続く老舗餅屋が、ビール事業を始めるまで

山地:いや衝撃を受けたね。歴史資料室みたいところを見せていただいたんだけど、歴史が長すぎて。

鈴木:もともとは餅屋で、創業が1575年。信長や秀吉が覇権を争っていた戦国時代なんです。そのあと1923年に味噌・醤油の醸造を始めました。

山地:北海道はそんな伝統のある企業はないからね、驚いて。鈴木さんは何代目になるの?

鈴木:21代目です。

山地:圧倒されるね。その21代目がなぜ新しいビール事業を手掛けることになったんですか?

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鈴木:ひと言でいうと「酵母と遊びたかったから」なんです。私はものごころつくころから小さい生物が好きで、大学も東北大学の農学部に進んで、微生物の研究をしていたんです。それが面白くて。卒業後は家業を継ぐのに帰ったのですが、当時は父の個人商店。典型的な家内制手工業の餅屋でしたから、何かできないかと。たまたま細川内閣のとき地ビール醸造の規制が緩和されたので(1994年)、これは渡りに船だと。親父にも銀行にも適当なことを言って始めたのがビール事業。内心は「また微生物で遊びたい」という気持ちでした。

山地:社内的に反対はなかったの?

鈴木:なかったですね。夏は和菓子が売れなくなるので、父には「夏場の経営の助けになる程度にビールをやりたい」と。だから父も餅屋の片手間程度でやるんだろうと思ってたはず。ところが、当時の地ビールブームで開業前から「伊勢のビールができる」と話題沸騰で。これはエライことだと。「伊勢のビール」をつくるんだったら、世界一を目指そうと思ったんです。

とにかく「世界一のビール」を目指して

山地:そうして世界一のビールを目指して頑張ったわけだ。

鈴木:1997年にビール醸造を始めて、2003年には世界大会AIBA(Australian International Beer Award)で日本企業で初めて金賞とベストオブクラスウィナー賞をとりました。これでもう安泰だと思ったのが間違いだったんです。

山地:世界一をとってバカ売れすると思ったんだ(笑)。

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鈴木:ところがどっこい日本ではそんな賞があることすら誰も知らない。地ビールブームもあっけなく去り、これは何か間違えてたなと、そこから経営を勉強するようになったんです。それまではブランティングも、マーケティングも、営業もない。いいものつくりゃ売れるだろうと、職人にありがちな思考回路だったと、後から気づきましたね。

山地:経営の勉強はどのように?

鈴木:自分が経営者として何か欠落しているのは分かっていたので、目に付くものを片っ端からやったんですけど、その中ですごく役に立ったのはランチェスターと、MGというソニーが社員教育用に開発したマネジメントゲームです。ソニーで井深大さんの秘書を務めていた西順一郎さんがつくられたプログラムで、僕は西先生から指導を受け、半年くらいでインストラクターの資格を取得。社内の連中にもやらせました。それでも会社が軌道に乗るまで5〜6年は本当に悲惨でしたよ。今だから笑って言えますけど、当時は床屋に行く金がなくて、家内に散髪してもらった時期もありました。財布に2000円しかないから、飲み会も2000円だけ置いて先に帰ったり。

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山地:それ何歳くらいのとき?

鈴木:ビール事業を始めたのが28歳ですから、33歳くらいまでは暗黒の時代です。

山地:そういう時期はたいがい誰にでもあるよね。私も北海道拓殖銀行が破綻して金融危機が起きたときは悲惨だった。北海道が沈没するといわれたくらい、取引先がバタバタと倒れて。今から20年くらい前、1997年ごろです。

鈴木:私がビール事業を始めたのも1997年。お互いしんどい時期だったんですね。

山地:事業を打ち切って、拠点を閉鎖して、従業員を減らして、会社を縮小して。なんとか会社をつぶさずにすんだけど、そのときは初めて人前で泣いたね。つらすぎて。打つ手がないんだから。

鈴木:先が見えないのはつらいっすよね。

山地:今までやってたことを否定されたような気がしてね。なにかビジョンがあれば、多少貧乏でも頑張れるけど、何もない。だから、事業の目標が見えたときはホッとしたよね。そこから今日まで多角化をどんどん加速していくことになるんだけど。

鈴木:当時おいくつだったんですか?

山地:41歳かな、厄年のころですよ。今はいい思い出ですけどね。

飽きっぽさが、新規事業成功の秘訣?

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山地:もしビールやってなかったら、今ごろどうなってたか。考えたらぞっとしませんか?

鈴木:今では8割がビールの売り上げですからね。でも僕は、餅屋だけを一生やり続けるのは性格的にムリだったと思う。なにせ飽きっぽいんですよ。ギターを始めても、コードがだいたい弾けるようになったら、もう次に興味が移っちゃう。だからビールじゃなくても絶対なにかをやってたはず。そして必ず一回は失敗してたと思うんです。

山地:あー、おんなじ性格だ。私も新規事業が軌道に乗った瞬間に、もう次のこと考えてる。

鈴木:そう、そうなんです。うまくいったら興味なくなっちゃう。

山地:伊勢角屋さんは今年、キリンビールと提携したり、東京駅そばに八重津店を出したり、新しいブルワリーが稼働したりと、新事業が目白押しだよね。

鈴木:確かに今年の上半期、将来のために種まきしていた4〜5つの事業が一気に芽を出したんですね。突然春が来たみたいに。でも狙っていたわけではないので、ビールは足りないし、プロジェクトをまわす人もいないし、社内はしっちゃかめっちゃかですよ。

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山地:自分が3人くらい必要だね。うちも去年から新しいプロジェクトが立て続けに動いているんだけど、ビールの醸造にも以前から興味があって。その可能性を今回、鈴木さんにお聞きしたいという思いもあったんです。

鈴木:札幌は地元のマーケットだけじゃなく、観光市場、おみやげものとしても成立しやすい土地柄だと思います。おまけにホップの産地ですから、僕らは乾燥したものしか使えませんけど、生ホップを使える可能性もある。空気も乾燥しているんで、製造工程も一手間はぶける。いろんな意味で恵まれていますね。

山地:クラフトビールを自社生産できたらいいなあ。

鈴木:日本のクラフトビール業界はまだまだニッチ。ビール市場全体の1%のシェアしかないんです。これがアメリカだと金額ベースで30%近く。だから、まず業界とマーケットを育てる必要があると考えています。業界団体の品質担当の理事をやったり、あるいは三重クラフトビールの会をつくって勉強会を主催したりしてるのもそのため。早く「クラフトビールっておいしいじゃん」と一般に認識されるようになってほしいですね。

多角化に挑戦するなら若いうちがベター

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鈴木:多角化しなくてはと考えて、むりくり多角化するのは、しんどいと思うんです。やりたいと思ったことに、とりあえず手を出してみる感覚で始めたほうがいい。たぶん最初は失敗するんで、大切なのはそのときに会社をつぶさない程度にしておくこと。僕はきわどかったですからね。400年以上続く老舗をつぶすところでしたから。

山地:とりあえずやってみる感覚が必要だね。食ってみてまずかったらペッと吐き出すくらいでいい。完璧主義だと多角化はできないですよ。考えれば考えるほど失敗の可能性も計算されるから、踏み出せなくなる。少し馬鹿なほうがいいといわれるのは、後先考えず「まぁいいか」「やっちゃえ」とやった結果、成功するからじゃないかと思うよ。

鈴木:これは今だから思うんですけど、新しい世界に踏み出すときは人を頼ることも大事。世の中にはその道に長けた方が必ずいますよね。恥も外聞もなく聞きに行って教えてもらうべきです。そういう意味では絶対に若い方が有利。みんな35歳くらいまでは子ども扱いして教えてくれるじゃないですか。若いうちに足を踏み出せば失敗する確率も高いですけど、得られるものも多い気がしますね。

山地:若いうちは立ち直りも早いしね。

鈴木:たとえ失敗しても、ちゃんと学べば挽回ができる。

山地:数多く失敗する人もいれば、でかい失敗で学ぶ人もいるだろうけど。最初から最後まで順風満帆の人なんていないから、大事なのは失敗を怖れないことだね。

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(2018年9月17日収録)


(プロフィール)

鈴木成宗(すずき・なりひろ)さん

1967年三重県伊勢市生まれ。二軒茶屋餅の21代目当主。東北大学農学部卒業。家業の傍ら地ビール醸造とレストラン業をスタート。世界に通用する品質を追求し、2017年ビール会のオスカーと呼ばれるイギリスの審査会IBAで金賞を受賞。ビール国際審査員の資格を持つほか、三重クラフトビールの会の発起人、全国地ビール醸造者協議会の理事も務める。野生酵母の研究で博士号(学術)取得。空手二段。

伊勢角屋麦酒
https://www.biyagura.jp/ec/

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